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2015年3月18日 (水)

市川海老蔵特別公演「源氏物語」 サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター)

Photo_53月18日 開演 18:30 サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター)

上田市交流文化芸術センター・開館記念 市川海老蔵特別公演「源氏物語」

出演 市川海老蔵Photo
    片山九郎右衛門、 梅若紀彰、観世喜正、彌勒忠史、市川ぼたん、他

今回の公演では、「歌舞伎」、「オペラ」、「能」を融合させた新しい「源氏物語」を上演・・・・とありましたが、「オペラ」がどう表現されていたのか、ルネッサンス期としても、ほとんど「オペラ」という感覚を感じ取ることはできませんでした。
第1幕「冬の巻」は、エリザベス一世時代に活躍したイギリスの作曲家でリュート奏者、ジョン・ダウランド(1563-1626)がリュートのために作曲した「Flow my tears:あふれよよ我が涙」で幕が上がりましたが、この曲は当時の流行歌であって、オペラではありませんし、挿入曲としての効果は、個人的には、リコーダーよりもカウンターテナーの方が、そして、オペラといえば、ジョン・ダウランドより、ヘンリー・パーセル(「つかの間の音楽」とか)の方が、「源氏物語」としてより強いインパクトが感じられたのではないかと思われました。
第2幕「夏の巻」で、六条御息所が生霊となって夕顔を憑り殺してしまうシーンでは、二人の六条御息所の生霊を登場し、寄り添っていた光源氏と夕顔を引き離していましたが、ここは一人の六条御息所の生霊で、引き離すことのできない愛の力の象徴として、夕顔に寄り添ったまま、光源氏が、なにも対抗できない状況下で、夕顔を憑り殺してしまうという設定のほうが、より一層悲壮感が表現できたように思われました。
そして、今回の公演で最も疑問を感じたのが、第2幕「秋の巻」でした。
横並びの出演者が、まるで光源氏の激励会を開いているようでしたし、最後の煌々と照らされた「光の道」とでも呼びたくなるようなところを進む光源氏には、再び絶望の淵へと突き落とされた「光の君」の姿はそこにはありませんでした。
そしてなんといっても、ステージを煌々と照らす横並びの照明が、客席から丸見えだったのには興ざめしてしまいました。
この「秋の巻」は、「光源氏」と「紫式部」との対話で終わらせて欲しかったと思いましたし、ラストシーンは、静かな音色で奏でられた横笛が響く中、秋の夕暮に遠くに光るかすかな明かりを目指して去ってゆく・・・・、そして、シンメトリックに、第1幕の幕が上がったシーンを再現して紫式部が次の幕を語り始める・・・・そんな終わり方を勝手に想像してしまいました。
照明の当てかたや照度にも、「源氏物語」は、平安時代中期の物語であるという時代考証も時には必要だと思いました。
「秋の巻」を除いては、舞台装置や照明は素晴らしく、「源氏物語」にふさわしい公演だったように思いましたが、この「源氏物語」で何を伝えたかったの、光源氏の人物像等々を含めて、.よく理解することができませんでした。

今回は、サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター)開館記念ということで、初めて入館しましたが、響きも自然で余計な反射音もなく、音像もきちんと定位していて、大変好感を持てる良いホールだと感じました。
4月の佐渡裕指揮兵庫芸術文化センター管弦楽団の公演で、響きの良さを再確認したいと思います。

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